渚のさむらひ 三人ヲトメ
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


        



青い海に静かな遠浅の浜。
昔は漁業で栄えていたそうだけれど、
近年は会社勤めの人のほうが多いかもという土地柄で。
そんなこちらは、七郎次の父上が画題として好んで描いている、
海や松原の風景のモチーフにしている浜なのだそうであり。
夏でも冬場でも、
逗留するおりは、製作に協力いただく網元さんのところの別宅を、
寝起きの屋敷として使わせてもらっていたのだそうで。
今回はそんな父御は一緒じゃあないものの、
一人娘の七郎次が、

 『お友達を連れて遊びに伺いたいのですが』と、

勿論のこと、事前にお伺いを立てたところ、
どうぞどうぞと歓待されて、
滞在中の1週間、同じ別宅をお貸しいただけることとなっていた。

 「お父様、刀月様はご健勝ですか?」
 「ええ。」

高速や国道などという幹線道路からも微妙に外れており、
最寄りのJR駅も、特急や快速が止まる乗り換え駅ではなし。
さほど至便な土地とも言えず、
史跡や名跡もなければ温泉が沸いているでなし。
なので、ゴージャスなホテルがあるじゃなし、
あまり広く名を馳せているところじゃあないがため、
よく言って穴場、悪く言やあ不便極まりない片田舎の浜辺なのだが、
だからこその閑とした空気や水の美しさなど、
日本画の大家、草野刀月画伯を捕らえて離さぬ、風雅な趣きであるということか。
彼女らによるご訪問においては、
連絡をしてあったので、駅まで網元さんのお家の車を回していただけて。
そやって運んでいただいたのは、
ちょいと小粋な数寄屋風、純和風の一軒家。
別邸なんてもんじゃない、
普通に生活するお家として十分通用する物件で。
明るい胡桃色の格子戸を透かして、
玄関前に小さな庭が整えられているのが外から望め、
しっくい塗りの白壁に、蔦が這って陰を落とすのが涼しげ。
裏手は浜へと直接出て行ける作りになっており。
しかも、一階の大広間は、
広間を縁取る廻り回廊の、内と外の建具を全開に出来、
全てをすべらせ、壁へと収納してしまえば、
アジサイを植えた矢来垣の向こう、
眼前に広がる海をフルスクリーンで望める豪快さ。

 「うあ、ステキじゃないですかvv」
 「………vv」

  何かCMとか映画にありませんでしたか、こういうの。
  うむ、絶景だな。

お連れのお嬢様がたの、
無邪気だったり微妙に古風だったりするのへ、
あらあら個性的でいらっしゃることという苦笑を押し隠す女将さんと、

 「花火大会もありますから浴衣をご用意させていただきますね。
  お食事は何時頃に致しましょうか。
  若い皆様ですから早いお時間が良いでしょかね。」

などなどと。
七郎次には顔なじみの、網元さんの奥方様と、
こちらでの使い勝手への打ち合わせなぞをしてから、さて。

 「浜への道は御存知でしたよね。」
 「ええ。裏から出て、サザンカの生け垣沿いに真っ直ぐでしょう?」

七郎次の側で土地の勝手は覚えてもいたので、
今の時期でも緑の葉がつややかな、
大人の背丈ほどもあるサザンカの生け垣が、
まるで通路の片側の壁のようになって導いてくれたのを、
それはほがらかに答えたのへと、

 「ええ、そうでございます。」

昔とちいとも変わってはおりませんと、
にこにこ頷いた奥様だったのだけれども。

 「それと、あの…。」

此処まではそれはご陽気でおおらかだった女将さんの、
闊達だった口調が、不意に…心なしか沈んだような。

 「どうされました?」

明るい色合い、胸元にはビーズ刺繍を散らしたカットソーに、
はき慣らしたそれだろう木綿のチノパンという、
動きやすそうないでたちをしたお内儀が、
ちょっぴり力を落としての、肩を萎えさせておいで。
あれあれと、今度は七郎次お嬢様がキョトンとし、
開け放った広間の端で、
背伸びしいしい海のほうを眺めていた久蔵や平八も、
そんな空気に気づいたか、
畳の上を、それでもなるたけ静かに駆け戻ると、
お部屋の中ほど、角卓の傍へと寄っておいで。
バカンスにといらしたばかりのお嬢さんたちに、
ややこしい話もどうかという逡巡があったのか。
だがだが、話しておかねばという事情には違いないのだろう。
三人からの注目を浴びて観念なさったか、

 「いえね、お夕食をとられた後、
  陽が落ちてからは、浜のほうへは行かないようにと。」

 「…え?」

途端に、あれれぇと小首を傾げたのは七郎次で、

 「でも、此処の砂浜は、
  特に立ち入り禁止ってことにはなってなかったんじゃあ。」

都会や繁華街の浜では、
マンションやホテルが隣接している関係から、
若者が花火だ夜遊びだと大騒ぎをしちゃあ、
その騒動や騒音が近隣の住人や観光客への迷惑になって、
社会問題視されてもいるけれど。
此処はそういう馬鹿騒ぎをする手の若者には不便すぎ、
静かに散歩をしたいという人がのんびりと訪のうくらいだし、
親に連れられて都心から帰省した子供らや、
彼女らのような伝手あっての観光客が、
節度あるささやかな花火をする程度なら、別段 眉をひそめられはしない。
子供が減りつつある土地柄、
むしろ微笑ましいと歓待されるくらい。
第一、今までの逗留でも、一度だってそんなことを言われた覚えはない。
まさか、自分がそれなりのお年頃になったんで、
万が一にも取り返しのつかないことにならぬよう、
通り一遍のお言いようを…

 “そこまで迷って言うかなぁ?”

客商売をしちゃあいないお人だが、それでも、
ここいらでは名士も名士、網元の奥方という立場のご婦人。
ご町内での集まりなんぞでも、様々にご意見発する機会はあるだろし、
そんなお人が、その程度の世間の通例、よくある言いよう、
さらりと口にすることへ、そうまで逡巡するだろか。

 「女将さん?」
 「…いえね。」

不自然だなと思われたこと、女将さんの側でも察したのだろう。
ご自身で運んで来た麦茶のグラスを持ち上げると、
溜息混じりに一口飲んで。

 「この夏の初めから、妙な噂が立ち始めたんですよ。」

こっちからだと途中からになりますが、
大通りから海へ向かう道なりに、松が並んでおりますよね。
あすこで、怪しい気配を見たという声が、
じわりじわりと広まっていて。

 「息子さんが跡を継いでくれなくてってことで、
  最近じゃあ船を出す家も減っていて、
  良い海じゃああるからと、民宿始める人も少なかない。
  だったらいっそ、浜辺を少しほど整理しても良いかねなんて、
  海水浴の人出を見越した話もしなくはなくなってたその矢先。」

 誰からともなく言い出された噂は、
 確たる形を取らぬうちは、よくある怪談話みたいな代物で。
 松の陰に白っぽい服を着た女が立ってたとか、
 陽が沈んでから海のほうへ向かいかけると、
 行く手を阻むように子供が立ってて通おせんぼするとか。
 他愛ない噂、今時だと何てんでしたっけ、
 都市伝説っていうのかねぇ? そんな感じの話だったんだけれども。

 「それって、浜茶屋の方のかかわりの人が、とかじゃないんですか?」

そうそう悪い人ばかりと言いたかないが、

 「新顔の人とかいませんか?
  派手な音を鳴らして若い子向けの店を作ってるとか、
  夜中までお酒とか出してる、
  バーやビヤホールっぽい出店が増えてるとか。」

 「ああいや、そういうのはないよ。」

何を言おうとしたかは、さすがにすぐにも知れたようで。
むしろ、こんなお嬢様がよくピンと来たねとの苦笑混じり、かぶりを振って見せ、

 「此処は昔から付き合いのあるおじさんたちだけで、
  茶屋というか休憩所を開いてるんだ。
  そのおじさんたちも渋いお顔になっててね。」

晩の商売はさすがにしちゃあいないけれど、
それでも物騒なところだと思われるのは、
覚えがないだけにけったくそが悪いというものだろうし。
それに…と案じておられたのが、

 「…こんなことをお嬢さんたちへ言っていいものか。
  女の子を片っ端から攫ってるとか、
  乱暴するような良からぬ連中がたむろしてでもいんのかねぇって。」

何しろ人気のない土地だから。
そして、うっかり遅くなって通りかかるような子がいたとしても、
地元だし今までそんな間違いはなかったところだと油断しまくりだろうから。
都会でよくあるって聞くような、
2、3人で抱え上げられて車へ連れ込まれたらあっと言う間に攫われちまう…と。

 「……おばさん、よく御存知ですね。」
 「あ、イヤだヤだ、おっかない話してすいませんね。」

つい、ドラマとかで観てたりするもんだから。
都会ってのはおっかないねぇって話をしていてね。
もしかして、最近のあの騒ぎって、これじゃあないだろうねぇって、
そんな声まで出てないじゃないもんでと。
最後の方は、何だか支離滅裂な話を
ご自身でも収拾つけられなくなってらしたけれど。

 「幽霊なのか生身の誰かの悪さなのか、
  それさえ判らない段階のお話なんで。
  ウチの人なんかも放っておけって言ってるクチ。
  それでも、間違いがあってはなんですし。」

いいですね? 陽が落ちてからは、
出来れば浜へは行かないように…と。
女将さんは慎重派だったらしくって、
それでなくとも、預かりものの良家のお嬢様たち、
しかもお逢いしたら、まあまあ何て可愛らしい子ばかりだことと、
驚かされてのそれで、
尚のこと激しく逡巡なさっていたらしい。
そうこうしているところへと、ピリピリピリリと携帯の呼び出しが鳴り、
エプロンのポッケからスリムなモバイル取り出した女将さん。
そう、はい、判りましたと手短に応対してから、

 「さぁさ、まだ陽は高こうございますが、着いたばかりでお疲れでしょう。」

母屋の裏手、離れ屋のお風呂をお使い下さいなと、
愛想よく勧めて下さっての、
よいしょと立ち上がるころには、元通りの闊達なおばさまに戻っておいでで。




  「………ふ〜〜〜ん?」
  「都市伝説、ですか。」
  「……………怪しい。」


  こらこら、お嬢さんたち。
(苦笑)






to be continued. ( 11.08.20,〜 )




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  *一部、デタラメな言動もありますこと、ご容赦下さいませ。

   ……じゃあなくて。
   夏休みも終わろうかというぎりぎり、
   何を書こうというのか、ですが。
   そんなに大層な話じゃありませんので、どかよろしくです。


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